「明治ごろアイヌの文化の話」その2 蝦夷史

 明治ごろ、アイヌの祭りの話。原文文語体。

 

 明治25年出版 中学読本首巻より





 アイヌは10月を祝いの月とし、「ヲムシャ」と称えて先祖を祭る礼がある。

 

 祭りに供えるには必ず熊を使うのを例としている。この供えるのに使う熊は、かねてより山に分け入って小熊を捕まえ、これを女に飼わせて祭りの時を待つ。

 

 物を食べる事を知らない小熊を手に入れた時は、乳房を含ませて育てるために、馴れ親しんで手飼いの犬と変わらないのだと言う。



 さて祭りの時期に至れば、高い祭壇を造り、「ニホ」という木でこしらえた幣を植えて、刀や槍を始め、宝器を並べて座を飾りよそおう。

 親族をはじめ、里内の人々互いに集まって酒宴をなすのを例とする。


 この時、以前より飼っておいた熊の首に大きい綱をかけて、沢山の人が左右に分かれてその綱の端に取り付き、しっかりと引き止めて動かさないようにする。


 そうして家の主が弓に矢をつがえて、四方を射る。

 次に客が弓をとって、熊に向かって放つ。

 

 それからとても太い一つの丸木を取り出して、熊の首を挟むと、数多くの人たちが上より乗りかかって押し殺すのである。

 

 乳房を含まして養い飼っていた女は、この姿を見て悲しみに堪えることができず、声を上げて泣き叫ぶのだという。


 こうして、人々はそばへ寄って熊の屍を取り直し、酒と食べ物を供えて厚く祭りをなす。

 祭りの式が終われば、その皮をはいで、その肉を煮て、集まった人々に振舞うのだという。






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