「川柳点」その2 矢野龍渓



 「惜しいこと 麒麟びっこを 引いて出る」

(麒麟は太平の世に現れる幻の動物。中国周の時代に哀公西へ狩して麒麟を得るという話があります。しかしながら誰も麒麟と気づかず、後に孔子がようやくそれと気づきましたが、初めぞんざいに捕まえ扱われたので、そうすると見かけた時には...)


 西の狩に獲物となった麒麟は負傷していて、びっこを引いて出て来たのであろう。しかし、ずいぶんこじづけが凄いものである。


 「義盛も 飯をくふには あきれ果て」

(和田義盛が女武将巴御前を夫としていた、という話があります。)


 巴御前がどれ程勇敢な婦人であったとしても、そんなに大飯食らいとは限らない。これはちょっとばかりまずいだろう。


「来は来たが 話相手がない 徐福」

 (始皇帝の時代、不老不死の薬を求めて徐福が東へ旅をし日本にも入った伝承があります)


 その当時、徐福は日本の通訳を雇うほどには手が回らなかったのだろう。


 「山姥の 能金時の 事はなし。」
 (古くから著名な山姥という能の演目があります。金時は昔話の金太郎の事)


 「山姥」の謡には、その山住まいの景色をといてはいるけれども、一言も金時のことに及んでいないのは話が足らないようである。非の打ち所がすこしおもしろい。


 「御紀行拝見に能因は当惑し」

(能因は僧。"都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関"の和歌で著名。紀行は旅行記、見せて下さいと言われ。)


 「秋風ぞ吹く白河の関」とは詠んでいるが、顔だけは日にさらしても、紀行までは書かなかっただろう。


 「うはばみの 時に沛公 抜いたりき」

 (沛公は劉邦、大蛇を退治した伝説があり。)


 剣を抜いたのは蟒(うわばみ・大蛇)を斬ったときのみ、後はいつも戦いに逃げてばかりである。


 「さて光る 魚と三人 初手は言ひ。」

 (浅草の観音像は、3人の漁夫が網で引きあがったと伝説があります。)


 これもお題がないからこそ面白いので、もしはっきりと題を書いてしまったらば何の味わいもないだろう。


 右のいろいろの句は川柳として、まずまず品が良い方である。もし秀逸であるといわれているものを数えてみれば、どれもみんな品がない至極なものであって、士君子の間に話をしづらいものである。

 もし川柳をして尾籠千万の境界から脱しさせたら、本当に詩歌の中の珍であろう。




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