皇朝古今 名家小体文範 明治19年より
大槻崇記 原文漢文
豊臣秀吉の性格についてのエピソード
書史が豊臣秀吉公のそばに居て、檄文(げきぶん)の草案を作っているときに、たまたま醍醐の「醍」の字を忘れてしまった。豊臣公は指を使って、「大」の字を地面に描いて言うには、
「大の字はこのように書けばいい。」と。
確かに、「醍」と「大」は日本では読み方が似ているのである。
その征韓へ赴く将軍達への檄文で、おうおう糊を使って貼り合わせた糊合紙を利用していた。また文には塗りつぶしたところも有る。
そうして使者を呼んでこれをもって行けと言うのである。
0コメント