「人の言」 幸田露伴 その3


 ・・・・・狩の技に巧みな人が言った。いい犬はひたすら鳥の方へ向かって進み、悪い犬は途中から横にそれて、自分の心のままに狂い遊ぶものである。

 心浮ついた性質の女は悪い犬の様である。その心が定まらないのも、事実を言えば罪の少ないもので、憎むには足らないのである。

 しかしその振る舞いの愚かなる事は、悪い犬の己に利益を作らず、主人も利せないのと似ている。心あるものには遠ざけられるを得ない。

 悪い犬はしばしば巧みな狩人を失敗させるように、浮ついた性の女はしばしば目上の賢い人の価値を低くすることが有るからである。



・・・・・ある人いわく。女は全て強いものを喜ばず弱いものを喜び、大きなものを喜ばず小さいものを喜び、優れてるものを喜ばず劣っているものを喜ぶ。

 女の言葉で「かわいい」というのは、弱くて小さく劣っていると言う意味と似通っていることからも知れるだろう。

 それゆえ、男がもし頭を上に出して威を張れば、女の尊敬を得ることはあるだろう、しかし愛され同情を買うことは無い。自らの雰囲気をなごめて和すれば、女の尊敬を得ることは無くとも、同情を得ることはある。

 特に心が奢った女は必ず少年を愛し、才能が高い女はかえって愚かな男を愛すること、ありありと世の中に多い例である。



・・・・・ある若い男の口賢しいものが言った。

 俺は、人を恋い慕おうと思っていること久しいが、ついに恋い慕うべき女を見ずに今になった。

 醜い女はもとより恋うに耐えない。目鼻立ちがそこそこ良くとも、心の中で密かに「私は美しい」と思っている女は、また恋うに耐えない。美しいが自分の美しさを知らない女が居れば、初めて恋うにたえるだろう。

 愚かなる女はもとより恋うに耐えない。少しばかり才能が有るとも、心の中で密かに「私は賢い」と思っている女は、また恋うに耐えない。賢いが自分の賢さを知らない女が居れば、初めて恋うにたえるだろう。

 美しくて己の美しさを知らない女は無く、賢くて己の賢さを知らない女は無い。秋の林の晴れに飛び遊んでいる小鳥、冬の川の底深いところに潜む魚、その美しさ、その賢さ、むしろ恋うべき慕うべきである。



・・・・・ある身の上の賎しく、心たくましい女の言う。

 汽車にのって、座るべき席さえ見つけられぬほど人の多いときは、女はとりわけ困り果てるものです。とある時は、女を連れていない若い男を見かけて、少し笑顔を作って、さて困った顔色をして近づくと、おおかたその男は自分の為に席を譲ってくれます。けれど、自分の服装が見苦しく、髪や姿が乱れて自分ながらもみすぼらしいと思う折には、あるいは人が自分の為に席を譲ろうともせずに知らん顔をすることが無いではありません。

 ここから私は、波風荒い世の中を渡る上で、自ら頼るべきものを持つことの少ない女が、いかに髪形を繕って、服装を飾ることの必要があるか悟りしりました。特に身の老い行くに連れて、なおいっそう身だしなみのゆるがせにすべきでないのを気づく事が多いです。

 どうして世の中にいる賢い人達の、ここに心をつけることの疎いのでしょう、とても不思議なものです。と冷ややかに笑った。



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