「人の言」 幸田露伴 その1

 幸田露伴 1867年8月22日(慶応3年7月23日) - 1947年(昭和22年)7月30日

 小説家、思想家。

 昭和三年出版 洗心録より



 そのむかし足利時代に成立した書物に「一言芳談(ひとことほうだん)」というものがある。

 何人の集め記した物かは明らかではないが、然阿上人(ねんあしょうにん)の時代よりは後、兼好法師よりは前に作られたものある。

 慈鎮(じちん)、明遍(みょうへん)、解脱(げだつ)以下もろもろの徳の高い僧の言葉の中で、仏の道を進めてその道に入る心を起こさせるようなものを、順序もなく集めて、世の人々の迷いを消して悟りに入るための便りとする。


 いまここにその趣向を取って、その姿を真似し、私が知る浮世の人々の言葉、または、私が知る人々から聞いた人々の言葉の、私があるいは面白いと思い、あるいはもっともだとうなずかせられたようなものを、何の順番もなく取り集めて、私の心の友とし、話し敵とする。


 一集とするにのぞんで、自らこれをなづけて「浮世一言芳談」として、また「人の言」とも言う。







・・・・・ある田舎の人が言った。手の皮の薄いものには心の病が多いと。



・・・・・ある人いわく。人に口銭(仲介手数料)を多く渡したがらないようなけちな者は、大いなる富をなすことができない。



・・・・・ある人いわく。雇い人に悪く言われないような主人は、富をなすに至らないと。



・・・・・ある人いわく。知恵は人の知恵を使うより大きな知恵はなく、資本は人の資本を使うより大きな資本はない。世の中に立って人の知恵を使わず、商売をして人の資本を使わないようでは、成し得るところはいくばくもない。



・・・・・ある人いわく。運に乗るときは愚か者も賢いのも同じ。負け戦のときに怪我をしないのが真の達者というべきだ。富をなすのは運にのるにあり、富を保つのは負け戦を達者に戦うのに有る。碁は先手なって勝ちに近くなり、見切って負けを小さくすると。



・・・・・ある人いわく。いかなる人も一生に何度かは幸運に会うものだ。ただその幸運に会ったとき、わが手の中に持ち合わせた少しのものに心引かされて、その為に両手を広げて幸運につかみ掛からないことから、後々惜しむべき運を取り外すのだ。


 

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