赤穂浪士と村上喜剣の話

幸田露伴著 「奇男児」の主人公

忠臣蔵の登場人物


 林鶴梁(はやし かくりょう)の一文から

 大正元年帝國実業学会発行の「作法文範文章大観」より




「烈士喜剣の伝」


 喜剣がいずこのもので有るのか今は知れない。薩州の藩士であるという説も有る。とにかくも気骨を持った一男子である。


 元禄年間赤穂(あこう)城が没収されて、主君を失った家老の大石良雄は京都に移り住んでいた。

 時に論争はさまざまに起こって、きっと大石には復讐の志があるのだと世間は言いはやした。良雄はこれに自らの策略が現れることを憂いて、わざと芸能にふけって放蕩者に身を沈め、その疑いを受けることを避けた。


 ある日島原の遊郭(江戸の吉原といえる町)に大石が遊んでいると、たまたま喜剣も来て遊んだ。喜剣はもともと大石と面識があるわけではない。しかしひそかに世の噂が事実であることを心から望んでいて、大石良雄が遊びほうけていることを聞き、失望は一通りではなかった。

 喜剣は大石を招いてとある一店で共に酒を飲み、復讐する心があることを密かに探ったが、大石は応じない。よってついには繰り返して直接言葉に出したが、大石はさらに応ずることなく、まるで意に介しないようである。


 喜剣は目を怒らして、大いに罵倒し、

 「お前は人の皮を着た獣(けだもの)だ。お前の主人は死んだ。お前の国は滅んだ。お前は家臣の身であるのに仇に報いる事を知ることもなく、獣でなくてなんだと言うのだ。俺はまさしくお前を獣として取り扱ってやろう。」


 そういうかと思えば、左足を伸ばしてつま先に刺身を乗せて、

 「けだもの、これを食え。」と言う。


 大石良雄はこれを平気な様子で、首を下げてこれを食べ、なおもつま先に余った汁をしゃぶるさまはまるで動物である。笑う良雄の声と怒る喜剣の声は、共に一室に響いて騒がしく、奇妙な一場面を呈(てい)した。


 それから後喜剣は職任の為に江戸に赴いたが、たまたまその時にあたかも四十七士の復讐のことが起こった。喜剣が獣と見下げた良雄がその中心となった人物である。喜剣は愕然(がくぜん)として、

 「ああ、俺は死のう。俺の目は良雄を獣とした、これは我が目の罪だ。俺の舌は良雄を獣と見下げた、これは我が舌の罪だ。俺の足は良雄に獣のように食らわせた、これは我が足の罪だ。俺の心は良雄を獣として待遇した、これは我が心の罪だ。一身すべて罪が有る。ああ、俺は死ぬのだ。」


 そうして病気だと口には告げて故郷へ帰り、職のこと身の回りのことすべてに始末をつけて、さて江戸に来て見たが、大石良雄達はすでに切腹を命じられていて、忠義の厚い魂は永遠に地下に眠ってしまった。


 泉岳寺に設けられたその墓に詣でて、「今はもう数え切れぬ罪を地下に会って謝ろう」との一言をこの世の別れにして、潔く腹をかき切り、ほとばしる熱い血が義士の墓に武士の花を咲かせた。

 後の人が、その屍を義士の墓のそばに葬った。そもそも喜剣は、初めは良雄と面識がないにもかかわらず、復讐の一挙を望んでいた。それから言葉を直に忠告して、やがては罵り辱めることに至った。終わりには、身を殺し志を明らかにしてその罪を謝った。

 正しい行いの者ではないとしても、その気骨は古の侠者(きょうしゃ、おとこだて)に遅れを取らない。


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