伊達の意味と由来

 伊達政宗 永禄10年8月3日(1567年9月5日)-寛永13年5月24日(1636年6月27日)

  出羽国と陸奥国の戦国大名。



名家小体文範 渡辺碩也編纂  明治19年出版の和本より

伊達政宗のエピソード



 豊臣秀吉が執り行った、朝鮮出兵文禄の役(えき)のときのこと。

 先鋒である小西行長と加藤清正以下の者達が、各々集って顔合わせの儀式が終わり、聚楽第(じゅらくだい)を去って大宮道に出た。


 そのときの伊達政宗の旗は、全て金色で家紋を描いている。30人の騎士には黒色の母衣(ほろ、鎧の肩からたれるひらひらした布)をかけさせ、其の馬の顔は熊や豹の皮と、孔雀の羽で飾らせている。

 弓、槍、銃3つの隊列は、それぞれ100人づつおり、金銀の武具を見によそおう。

 

 遠藤と原田の二人が、馬を先頭にしていたが、彼らの副刀は一丈(3m)あまりもあり、鞘の末には革の紐を流して飾り、これを背中にしょっている。

 その艶やかの姿は日に映じて、彩り豊かにきらきらと輝き、数里先までもその光が射るようである。


 これを見ていた者たちは驚愕して、このことより俗に普通と異なる格好が人目を驚かす者を、「伊達様」という。


0コメント

  • 1000 / 1000