「天羽衣(あまのはごろも)」その3 石川雅望


 さてそれから3年ばかり経って、三保の長者はどうやら少し病気を煩った様であったが、きっと運命であったのだろう、しばらくして体は弱りに弱って、終に亡くなってしまった。

 白良は言うまでも無く、母親の嘆きは並大抵のものではなかった。

 しかしどうしようもなく、法式の通りに葬送のことを行って、むなしい煙を天へ送った。さて白良は、父と生き別れてからというもの、家に引きこもってばかり暮らしていたが、いつか夢のように月日は過ぎて7年ばかりを過ごした。母は白良が学問だけに熱心であり、ひたすら家に閉じこもっているので、

 「病気にでもなってしまうだろう。」と心配して、

 「時々は浜辺に出て、心を慰めて休みなさい。」と言い、天気ののどかな日に、無理に外へ出してやった。


 白良は今年17歳になった。鏡に向かっても、幼いときの疱瘡のせいで、わが身ながら見苦しい顔であり、若者心にそれを恥に思って、みだりに外に出ることもしなかったのであった。

 今日は母が無理にすすめなされたので、ただ一人浜辺づたいに歩いていく。


 季節は七月の頃、暑さは堪えがたいほどであったので、茂った松の根本に笠(かさ)を敷いて、持ってきた釣竿を取り出し、浪にまかせ糸をたらして遊んでいた。辺りを見めぐらせれば、本当に海のおもてははるばると見渡されて果ても無く、帆をかけた船がとてもささやかに見えるのも心落ち着く景色である。磯辺の松は色濃く緑に染まってむらむらと立っており、寄せては返る浪は白玉を散らすようである。


 かつて古い和歌に「朝こぐ舟はよしなしに」と読んだ人がいることも、本当にもっともなことだと見渡していたが、向こうの松影がきわだって光るのが見える。

 「不思議だ。なんであろう。」

 と静かに歩いて行って見てみれば、唐衣(からぎぬ、身分の高い女の正装)をまとったあでやかな女が、五人ばかり舞い音楽を奏でて遊んでいた。

 その姿はさながら絵に描いた天人というもののようである。

 「このあたりにこんな人のいるようなはずはない。不思議だ。」

 と目を離さず見ていたが、此の天女達は舞いを楽しむあまりに心をつけなかったのであろう、白良が其の様をうかがっているとも知らずに、何度も袖をひるがえして舞う様子は、おもしろいこと例えるものもない。

 「これこそが、天上にあるという霓裳羽衣(げいしょううい)の曲であろう。」

と思って、驚き感じ入り、そっと松の後ろを廻って近付いてみると、松の枝に色とりどりに光る衣が一つかけてある。

 輝きわたること宝石を広げたようである。恐れ多いとは思いながらも、手を伸ばして衣を取ってみれば、良い香りのすることいいようがない。白良は思わずも声をあげて、

 「ああ、ほかにたぐいない衣だ。」というのに驚いて天女達は一斉に白良を見る。

 白良は地に伏して、

 「世間一般の人間でありながら、お遊びなされているのを妨げました。」と言うと、天女は微笑んで、

 「今日互いにあったことは縁がある。貴方の家は代々善行を積んだこと、はやくから天宮に伝わっています。よってこの衣を、しばらくの間あなたに預け渡します。この衣を秘め隠して持って置けば、この上なく幸福になるでしょう。今から千日を過ごして、ここに来て衣をうけとりましょう。」

白良はなおも怪しんで、

 「そもそもどちらに御住みの方達ですか。」と問えば、

 「あなたは知らないのでしょうか、天帝に十二億の天女がいるとは。このことは宝積経(ほうしゃくきょう)という書物にも記されていることです。」

 「といってもあなたは前世からの因縁によって、今しばらくの間はつらい目にあうでしょう。必ずしも憂(うれ)うることのないように。」と言って、流れる雲に乗ったと見えたが、皆一同に高い雲に向かって上っていった。




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