「天羽衣(あまのはごろも)」その2 石川雅望

現代語訳 その2


 そうして親しみを交わしていたところ、磯田の家は不意に3度ばかりの火災にあった上に、召使の男のうちに悪さをする者があって、幾人かで手を結んで金を奪い逃げ出したりもした。

 更には、田畑も毎年不作が続いて家の栄えは勢いを失い、商売もせずに家の戸を閉じかためてこもっていたのを、三保の長者は心苦しいことに思った。


 ある日に磯田を我が家に呼び迎えて、碁盤の上に金をうずたかく積み並べ、他にも田畑の権利証なども取り出して言うには、

 「あなたが職で利益を失いなさったことを見るに忍びない。我が家の財宝をわけてお渡しします。これを使って元のように生活をしなさって下さい。」と。


 磯田にとってこれは思いがけないことで、幾たびも額を床につけて手を合わせ、

 「この深い恩は例え死んだとしても、犬ともなってお返しします。」というに、三保の長者は、

 「黒良は、白良にとって見れば弟。小松は私の嫁である以上は、そもそも他人事に見る道理はない。恩とは思わないでほしい。」と言った。


 その後月日は経って、白良と黒良が八つという歳になって、共に疱瘡(ほうそう、天然痘、昔は誰もが子供のうちに罹る病気だった)を病んだのだが、黒良は症状が大変軽く、すがすがしく癒えたというのに、白良は疱瘡が甚だ重く、命さえも危険なように見えた。

 

 父の三保の長者は嘆いて思案し、三保の明神様(みょうじんさま、神様)に参って、

 「なんとしても白良の命をお救いなさって下さい。」と心を砕いて祈った。


 それに神が答えたのであろうか、かろうじて命ばかりは助かったものの、あれほど姿かたちが美しい生まれつきであったのが、見るさえも堪えない顔となって(疱瘡を病むとあばたが出来る)、あばたが隙間もないほど残り、皮膚は黒ずみ腫れてさながら鬼の如くに見えた。

 しかし、命ひとつを助かったことを幸運として、男子は顔形を選んだりするものかと言い慰めながら、両親はいよいよ厚く白良を育てた。


 この三保の長者は慈悲深い人で、自ら召し使う者達は言うに及ばず、村中の貧しい人間すらも常に哀れんで情けをかけている。

 

或る年、駿河遠江の周辺で洪水が起こり一帯の田畑は押し流されて、貧しい人々は食べるものも無く、皆飢えて今にも死のうとしていた。三保の長者は例の慈悲の心をおこして、我が家の蔵を開けて積み置いていた米や麦を貧しい人に与え、更には隣の地方へ人をやって穀物を沢山買取り、一人も残さず其れを配った。

 故に、洪水の水難にあった民達は、この三保の長者の恵みによって危うく命を助かり、一同に長者の徳心を褒め称えた。

 この三保の長者は、とある田舎で生まれ育ったが、人としての道への志を持つもので、聖人の教えや御経の言葉などの学問を筋道正しく、朝晩白良に教えた。白良も醜い顔には似合わず、心は誠実で、読み書きの道に心を込めて習い学んだ。


 時に三保の長者は年齢60歳となるに及ぶ。自らの誕生日に当たって、周辺の人々を呼んで酒を飲ませ厚くもてなし、宴会の最後になってひとつの櫃(ひつ、大きめの箱)を取り出し言うには、

 「ここに入れておいたのは、ここ数年近くの村に住む人々へ、米や金を貸し渡した時の証明書で御座います。これを借りなさった人々は、それぞれ今日の暮らしも厳しいほどの方たちでいらっしゃるので、返済するのは本当に難しいでしょう。今回私は、長寿の祝いとして、この証明書をみなお返し申し上げます。屑紙にして破り捨てなされ。」といって人々に渡せば、借りた人は大いに喜んで、

 「なんともかたじけないお心です。近年、利息さえもお渡しするのが滞っていましたのを、元金さえお取りなさらず、この証明書を返してくださること、ありがたいとももったいないとも思います。」と言って、額に手を当て三保の長者を伏し拝む。嬉しさがこみ上げてきたからであろう、

 「ああこのような人の、いつまでも長生きしていらっしゃって下さい。」などと、色々言いはやして帰った。


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