「蜘蛛塚」 狗張子 浅井了意


元禄5年(1692年)刊行




 むかし諸国を修行の旅に巡っていた僧に、覚円と言う者がいた。

 紀州(和歌山)の熊野に参り籠もって祈願し、それよりは都に向かって、まずは清水寺に詣でようとする。五條烏丸の辺りに着いて日は段々と暮れた。

 ここに大善院という大きな寺院がある。覚円はこれを幸いと寺の僧に頼んで一夜を泊めてもらおうとする。寺の僧はそのまま許して、堂のかたわらにある、いかにも汚らしい小屋を貸した。


 覚円は大変怒って、

「たった一夜ばかりの宿ではないか。貴方は僧でありながらこの修行者にむかって、このように心無い振る舞いは何事だ。」と。

 寺の僧は笑って、

 「いえ、これはまったく修行者(あなた)を侮っているのではありません。実を申せばこの堂には、長年化け物がいて住んでいます。おおよそ30年の間に30人も、その姿さえ見えなくなりました。これ故に、本堂は貸さないのです。」と。

覚円はこれを聞いて、

 「なに、そんなことがあろうか。そもそも妖怪は人のせいで起こるという。どうしてこの知識も行いも揃った私を、襲うことができるようか。」


 寺の僧は何度も諌めて止めようとしたが、けして聞こうとしなかったので、やむを得ず本堂の扉を開いて一通り掃除をして中へ入れれば、覚円は静かに仏を礼拝し念仏をしつつ、心を澄まして座っていた。

 

 しかしながら、寺の僧の言葉の様子を幾分不安に思い、腰の刀を半分抜きだして、柄(つか)を手に持ったまま眠っていた。

 そうしたところ、夜が既に二更(十時ぐらい)にもなろうかと言う頃に、ぞっと空気が寒くなり、堂内が幾たびも震動して風雨が山を崩すようである。

 その間に天井から、大きな毛の生えた手をさし伸ばして、覚円の額を撫でるものがある。すぐさま覚円は持っていた刀を振り上げて、さっと斬った。何かの物に斬り当たったような音がして、仏壇の左そばに落ちた。夜が最早四更(三時、丑の刻)にいたる頃に、再び先程と同じ手をさし伸ばす。このたびもすかさず刀を振り上げて、はっと斬る。


 そしてようやく夜が明けて、寺の僧は心配に思って堂を訪ねて来た。

 覚円が昨夜の様子を語れば、寺の僧は不審な思いをして、急いで仏壇のそばへ行って見れば、大きな蜘蛛が死んでいる。長さは二尺八寸(90cm位)ばかりで、目は赤色で丸く大きく、爪は銀色である。

 僧はますます驚いて、堂のわきにこれを葬り埋めて塚を作った。また、この修行者の仏の道に達していることを感じ入って、しばらくの間この寺院に留めて、一通の祭文(祭りなどで神に読む祝詞)を書かせて、かの塚を祭り、もう二度と妖怪のないことを祝った。


 今に至るまでもその塚は有って、蜘蛛塚というということである。


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