「鼠の妖怪」 狗張子 浅井了意


元禄5年(1692年)刊行




 応仁(1467-1469)の年の間、京の四条のほとりに、徳田の何某と言って世に大きい商人がいた。家は富み栄えて財産は倉庫に満ちていた。

 

 この頃は世が大いに乱れて戦争の止むときが無く、とりわけ山名と細川の両家は、権力を争い野心を起こして、たびたび戦に及んだので、洛中はこれが為に大いに騒動となって、人は皆恐れ惑い、薄い氷を踏んで深い淵にのぞむような思いをなしていた。


 徳田の何某もこの乱によって、京に住居するのを憂いに思い、北山と賀茂の辺りに親族がいるのを頼って、密かに便りをつかわす。

 やがて加茂周辺のとあるところに、かつて常盤が住んでいたという屋敷があったのを買い求めて、山荘となし、しばらくここに隠遁しようとする。しかしながら久しい間人も住まない屋敷であったので、とても荒れ果てていて、軒は傾き垣根は崩れて、いったいどれほどの年月を経た屋敷とも分からない。徳田は取りあえずも、大体の掃除をして移ってきた。


 京にいる親族はこれを伝え聞いて、みな山荘に来てお祝いを述べた。主人は喜んで、お客様を堂上に招き入れてもてなし、一日中酒宴を催して、歌舞を行い酒によって遊ぶうちに夜になったので、客も主人もともに大いに酔って、前後も知らずに寝てしまった。


 その夜も深くなった頃に、外から大勢人の人が来る音がして、急に表の門をたたいた。

 主人は不審に思って門を開いてみれば、その格好も整え髭の麗しい人が、先立って入ってきて言うには、

 「これはこの屋敷の元の主人です。わたしには一人の子がいます。今宵はじめて新婦を迎えましたので、その婚礼の儀式を執り行おうとしたのですが、わたしが今住むところは狭くて汚い。ただ今夜ばかりはこの屋敷をお貸しなさってください、夜が明ければすぐに立ち去ります。」


 そうすると、いまだ言い終わらぬうちから、はやくも大勢入り込んで、「籠だ、馬だ」と、どよどよ騒いで提灯を大小二百あまり二列に連ねて、まず先に飾り立てた輿(こし、乗り物)が通って、続いて乗り物が次々担ぎ入る。

 その後からは、お供の女房がいくらともなく笑い騒ぎながらやって来る。


 また、年の頃は六十を過ぎるであろう老人が大小の刀を帯びて馬に乗り、歩きの侍を六七十人引き連れて、前後を堅く警護していると見える。その間に、結構に塗り磨いている長持ちやはさみ箱(嫁入り道具)、屏風衣桁(いこう)貝桶の類を数限りなく持つ。貴賎の男女おおよそ二三百人、堂上堂下に並みいておおいに酒宴を催す。

 珍しい食べ物は山海の美味をつくし、歌ったり舞ったりしながら輿を入れて、主人や客を招きだして、

 「こんなめでたい日和ですので、何の遠慮がいりましょう。ここに来ていっしょにお飲みなさい。」

と言う。

 主人も客も酔いに乗じて輿にしたがって座敷に出た。


 まずその新婦と思しい人を見ると、年はまだ十四五ばかりであろう。すこし細身で色白くまたもたぐいない美人である。次第に付き従う女房達が、いずれも妖艶な顔かたちで花のごとくにやって来て、みんな一同に立ち騒ぎ、ある者が新婦の手をたわむれて取り、

 「せっかく今宵という日です。どうして無理もさせましょう。」

と言って大きな盃をすすめると、新婦はとても耐え難い様子になって、あちらこちらに逃げ隠れたが、追い捕らえようと騒いでいるうちに、風が激しく吹き落ちて、蝋燭の灯火を残らず吹き消した。


 主人と客はふいに驚き、しばらくしてまたともしびを見れば、人は一人もいない。

 だんだん夜も明けてよくよく見てみると、宵にがやがやと持ち運んできた道具と思えるのは一つも無く、かえって主人が日頃秘蔵している茶の湯の道具から、碗、家具、諸道具に至るまで、みなことごとく取り散らかして、食い裂かれ噛み千切り、傷つき壊れていないものもない。

 そのうちの床の間に掛けておいた古い掛け軸で、牡丹の花の下に猫が眠っているところを書いた絵がある。名前は消えて印はかすんで、誰の筆になったものかも分からない。しかし、この一幅ばかりはすこしも損なうことなく有った。

 みなよからぬ怪(かい)だといって眉をひそめた。


 ここに村井澄玄と言って、学識高く見聞の広い老いた儒学者がいた。主人に向かって言うには、

 「これは深く恐れるには足りません。老いた鼠のいたした怪奇です。猫は鼠がおそれるものです、それゆえにそれが絵ではあると言うものの、あえて近づかなかったのは見たとおりです。こんな例は伝記に載せてあるところも少なくない。これはその気が自然と交わらずに恐れ従うのです。いわゆる、物はその天を畏れるということです。そのたぐいのことを、一つふたつ上げて示しましょう。」

 「私はかつてある古い記録を見るに、昔ある里の内の一つの村に、子供が大きな蛙の数十匹汚い草むらの中に集まるのを見た。

 子供は進んでこれを取ろうとする。よくよく見てみると一匹の大きな蛇がいばらの中にわだかまって、好き勝手に蛙の群れを食べている。群がる蛙は一箇所に固まって、食われるに任せてあえて動かない。

 また有る村のおきなは、むかでが一匹の蛇を追うのを見る。その歩くこととても早い。蛇が段々近づくと蛇はまた動かなくなり、口を開けて待つ。むかではついにその腹の中に入って、時間が経って出てくる。蛇はそのまま死んだ。村のおきなはその蛇を深い山の中に捨てる。

 十日あまりすぎてから、行ってこれを見てみると、小さいむかでが数知れず、その腐った死骸を食べている。これはむかでが卵を蛇の腹の中に産んだのだ。


 またむかし一匹の蜘蛛が、はなはだ早くむかでを追うのを見た。むかでは逃れて竹のなかに入る。蜘蛛は入らない。ただ足を使って竹の上にまたがり、腹を動かすこと何度もして去った。むかでの様子を伺うが長い間出てこない。竹を切って見れば、むかでは既に体の節々がただれてやけどの様である。これは蜘蛛が腹を動かすときに、いばりをそそいでこれを殺せるのであろう。

 物のその天を畏れることこのようである。今鼠が猫を恐れることはまた同じ。どうして長くその妖怪をほしいままにさせようか。」


 そして主人に加えて教えて、その鼠の穴を狩らさせた。

 屋敷から一町ばかり東のほうに、石が多く重なって小高いところがある。そのなかに年を経た鼠が限りなく群がっている。みな捕らえて殺してすぐに埋めた。

 そのあとは何のこともなかったと言う。



 

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