「雪白明神」 伽婢子 浅井了意

寛文六年(江戸1661年)の刊行。全六十八話の怪談集




 享元年(室町時代、1487年)の九月、時の将軍源義てる(よしてる)公は、自ら軍兵を引き連れて江州(ごうしゅう、近江、滋賀)に向かい、そこの坂本に陣を取って、佐々木六角判官高頼を攻めさせられた。

 高頼(たかより)はその軍を防ぎかねて、城を落ちて逃れ、甲賀郡(こうか、滋賀南端)の山中に隠れ入った。

 高頼の家来の中の堅田又五郎というものは、勇敢でたけく力の程は外の者よりもすぐれており、其の上、仏や神を敬って、心正しく、死して後の安楽を願う心も深い者である。観音普門品(かんのんふもんぼん)一遍、弥陀教(みだきょう)一巻、念仏百遍を唱えることを、毎日の日課にしていた。


 最早すでに、自身の大将である高頼が城より落ち逃げたので、又五郎は力を落としながらもなすすべが無く、逃げる所を追ってくる敵を切り捨てつつ、終に敵の大群を切り抜けて、安養寺山の奥に逃げ延びた。

 こうして日も暮れたが、どこへ行こうあてもない。近くに一つの藁家(小屋)があって、谷に寄ってたっているが中には人もいない。とりあえずも、家に隠れていれば、敵の軍の二十騎ばかりが来る音がしたかと思うと、

 「確かに後姿は見えたはずだ。必ずや、伊賀を通る道をぬけて逃げたであろう。」という声が聞こえる。

 又五郎を討ちとめようとする武士たちである。

 しかし、彼らは又五郎が隠れている家には目もかけずに、段々と遠ざかっていく。それを聞いて、もう大丈夫であろうと気持ちをゆるめるところに、再び人の通り過ぎる音が聞こえたので、密かに窓のすみからのぞき見ると、一人の体細く背の高い、四十歳ばかりの女がいる。濃い紺色の着慣れた小袖(着物)を着て、手には美しい袋を持ち、


 「堅田又五郎はここにいらっしゃいますか。」と言う。これに又五郎は物も言わず隠れていた。

 女は笑って、

 「何を恐れなさっているのですか、少しも怪しむところはありません。私は此の地方の栗太郡にいらっしゃられます、"雪白の宮"様のお使いで、貴方を安心させようと参ったものです。けして疑わないでください。貴方はいつも、慈悲深く神や仏を敬って、死して後の罪をなくそうとする心を、おろそかにしてはないので、其の志を感じ入って、"雪白の明神"様があなたを守って差し上げるのです。」

という。

 其の言葉に又五郎が出てくると、持っていた袋のひもを解いて、焼餅(やきもち)を取り出して彼に食べさせ、酒の入った小さい瓶(びん)を渡して飲ませた。又五郎は其の食べ物と酒に大いに腹を満たし、女の親切がかたじけなく、また有り難く思って、たとえる言葉も無かった。


 女が言うには、

 「今いる家の窓の前、庭の辺りに、私が一本の線を書いておきます。今夜の宵過ぎに恐ろしい化け物が来て貴方を脅かすでしょう。必ずそれが来るに構えて、恐れて動きなさるな。今夜それを逃られれば、後に悪いことはもう起こりません。」といって、帰るような素振りを見せたかと思うと、かき消すように女の姿は見えなくなった。


 思っていた通りに夜になると、奇妙な光が輝き、何かこちらへ来るものがある。又五郎は言ったとおりだと思う。

 窓より覗いてみると、身の丈(たけ)一丈(三m)あまりの鬼がおり、赤い髪を乱して白い牙は上下に食い違い、二つの角はさながら火のようである。口は耳元まで大きく裂けて、目の光はまるで鏡の上に赤い水をこぼしたようである。爪は熊鷹(クマタカ)の如く、豹の皮を腰に巻き、家に向かって、ただちに駆け入ろうとするが、あの女が庭の土に書いた線を見て、大きく怒った両眼を雷の如く光らせて、口より炎を吐いて立ち止まり、足を踏ん張り大声で叫ぶ。

 その有様は身の毛もよだち、魂は消えて、おそろしいといっても足りない。鬼はついに線を超えることが出来ず、怒りを抑えてかたわらに歩いていったが、其の時、丁度敵の武士達が十騎程やってきて、

 「又五郎は此の家に隠れたということだ。又五郎よ、出ろ出てこい。」と怒鳴った。

其のとたん、先ほどの鬼が駆け出てきて、馬に乗っていた兵を掴み、馬を踏み殺して食う。そのほかの下部達は、おどろいて散り散りになり、どこへでも早くと逃げうせた。


 そうして夜がふけて、やがて明け方になれば、鬼はいなくなり辺りは静かである。外に立ち出でてみれと、馬の頭、人の手足、血に混じって散り乱れ、鎧や兜、刀は皆ひき散らかしてある。

 又五郎はついにここより逃げることを得て、それからは伊勢に向かい、白子と言うところから船に乗って、駿州(すんしゅう、するが、静岡)に行った。そこで知り合いである今川氏親(うぢちか)を頼りにして其の身を隠し、それより死んだところは伝わっていない。




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