「日清戦争の新年 年賀状」 正岡子規


 「書簡文講和及び文範」昭和12年12月発行より

 日清戦争は、1894年(明治27年)7月25日開戦から1905年(明治38年)9月5日終戦





 新年めでたく申しおさめ候(そうろう)。皆々様御変わりもあらせられずめでたく存候(ぞんじそうろう)。富士の山めでたく候。筑波の山めでたく候。日本八十州の山ことごとくめでたく候。台湾の山更にめでたく候。

 谷底の往来困難につきとりあえず代理としてこのはがき差上申候(さしあげもうしそうろう)。

   明治二十九年一月



 

 新年めでたく申し納めいたします。皆々様お変わりもなくめでたく存じております。

 富士の山めでたくございます。筑波の山めでたくございます。日本八十州の山ことごとくめでたく存じてございます。台湾の山は更にめでたく御座います。

 谷底の行き来は困難でありますので、とりあえず大利としてこの葉書を差し上げ申し上げました。


 明治29年1月




 古(いにしえ)よりためしなき年のはじめの御よろこびめでたく申しおさめ候。皇軍(こうぐん、日本軍)しきりに勝ち神国(しんこく、日本)の名は外国人にあがめられ候事、御同様(ごどうよう)大慶(たいけい、大きな喜び)の至りに候。右御祝詞まで。

                           あなかしこ

  明治二十八年一月一日

   鼠どもの蓬莱をくうてしまいけり



古から例のない年の初めのお喜び、めでたく申し納めいたします。

皇軍はしきりに勝ち、神国(日本)の名は外国人にあがめられること、同じように喜びの至りに御座います。右、お祝いの言葉として。

                              あなかしこ


明治29年1月1日

 ねずみどもの蓬莱を食うてしまいけり



0コメント

  • 1000 / 1000